更地を吹き抜けていく風の音。




人の悲痛な声に似ているその音は、耳の奥を振動させ、心を悲しくさせる。




遠くから聞こえてくる音は、男の唸りみたいに低い。

足早に駆け抜けていく音は、女の悲鳴のように高い。

空気を震わせる小さな音は、子の啜り泣きのようにか細い。







それに合わせてカラカラ、カラカラ。




無機質に、しかし、嘲笑っているかのよう。




けたたましく廻る無数の風車。










周りは濃霧が立ち込めて視界は不良。




叫びを上げる風の音と不愉快な風車の音が途切れることなく。
















カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
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カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ
カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ






















シャンッ



















鈴の音が木霊する。




1つ、2つ、3つ4つ5つと、奏でる輪唱は高く、高く、高く・・・そして広がっていく。







どうだろうか。

音が重なり合う度に厚い霧がスーッと薄れていく。







鈴の音が消え始めた頃。

周りが確認できるぐらいには霧が晴れていた。

身を刺すような風は止み、気が触れてしまいそうな風車の音も止んでいた。







しかし、幾重にも覆い被さなる曇天で世界はまだ暗く、日輪の加護は入らない。







辺り一面に敷き詰められた、大小様々な石の原。

所々、意図的に積んだような石の山が彼方此方に見える。

まるで花のように刺さっている赤色の風車。

曇天を写す小川だけが、時は流れているのだと言っているようだ。







明るい希望も、暗い絶望も無い。







仄暗く、諦めに似た空気。

この場所は、嘆きの類によく似合う雰囲気を持っていた。













(こんな場所に、これよりも下劣な場所に)




(放ってはおけぬ)








その意志は、煮えて揺らめく怒りと嘆きを満たしていた。

瞳に映る風車の赤が、女の心にの色を表しているよう。

女は、眼前に広がる無彩色の世界を眺め続ける。




手に握られた鈴達は、先ほどの霧を晴らしたものの正体だろう。

チリチリと、女の細かい動きに反応して小さく奏でる。










(嗚呼……早く、早く)










「母様が、助けてあげようね」










女は歩き始める。

鈴の柄に結ばれた五色の帯が引き摺られ、女の歩いた後ろを彩るも、そこに色が留まる事はなく。







女が立っていた場所から、その姿が見えなくなる頃には再び霧が立ち込める。

身を裂くような風音と、嘲笑うような風車の音が世界を包んだ。





















「息子が居なくなったのは一昨日の夕方以降です」




自環和尚に頼まれた仕事の話を聞く為に、観月と風月、そして雨音は依頼主の家へとやってきた。




この村は、自環和尚が育った村である。

また、家は都の方へ移ってもう無いが、自環和尚の幼馴染で観月と風月を拾って育てた義理の父親の故郷でもある。




今は依頼主であり、いなくなった子の父親の話を聞いているところだ。

その後ろで、忙しなくも暗い顔した家族であろう子達が作業をしている。




八十八夜を越え、小満が近い。

二毛作が行われているこの農村は、緑黄色に染まり始めた麦の収穫時期に向けての準備と、次に植える稲の準備で忙しい時期だ。





「あの、ひと月前から遍望寺に何回か足を運んでくださってましたよね?」
「覚えてくださってましたか」


依頼主である父親の姿に見覚えがあったのか、風月が確認を取ると、そのことに少し有り難そうな顔をされた。


「妻を亡くしまして……。和尚様には供養をお願いしました。息子は末っ子で、母親に甘えたい盛りな時期なため、寝ても覚めても『かか様がいない、かか様がいない』と泣いてばかりで……」
「……お辛いことと心中お察しいたします」
「ご家族皆様のご胸中いかがのものかと……」




家の主人の前に座って話を聞いていた双子は、軽く頭を下げる。
主人は礼を言うと顔を上げてくれと言う。




「息子の名前は草太と言います。草太は、家の者から慰められ諭されても泣くばかり……しかし本人も周りを困らせているのが分かるのか、最近では妻の墓の前まで行って1人泣いているようでした」
「奥様のお墓は何処に?」
「この村の、山へと向かう側の出入口を真っ直ぐ行ったところに村の墓地があります。そちらに埋葬いたしました。大きな楠が生えている根元です」




観月と風月の背中を眺めながら、家の出入り口に立ってやりとりを聞いていた雨音は外に出る。




夏至に向けて、太陽は随分と高い位置にいるようになった。
村の家々からは晩の準備でお台所の小窓から煙が上がって空に昇っている。
田畑がある方からは作業をする人の声と家畜の鳴き声も聞こえてきて活発な時間帯だ。



(いなくなったという夕刻にはまだ早いわね)



雨音は、詳しい話を双子が聞き終わるまで村内を周ることにした。



何度か、自環和尚からお手伝いという名目で足を運んだ見知った村。

麦の収穫が近く、収穫後の稲作の為に麦畑の周りを耕している姿が見受けられる。



村人は明るく、親しみやすく働き者が多い印象だが、こんな事件があった為か村全体の雰囲気が重く感じる。
田畑の仕事に精を出しているが、大人の視線が少し遠くを見渡しているように雨音は見えた。



(仕事をしながらも探しているのね)



この村の人たちから口癖のように聞こえてくるのは『村の子どもは自分の子同然』。

意外と子どもが多く、子どもだけでも年齢層が広い村だ。
褒めるのも叱るのも、他人の子であろうとも我が子のように接するこの村の姿を雨音は好ましく思っていた。



まるで、自分たちの親を見ているような懐かしい気持ちになってくるからだ。



雨音、火也、風鈴は生まれた時からずっと一緒であり、両親達も昔からの馴染みであるため、幼少期は常に3人の家族と毎日を過ごしていた。
互いの家を行き来して寝食を共にすることが多く、3人の両親の誰かに寝かしつけてもらったり、家事を手伝ったり、物語を強請ったり。

稀だが、雨音と火也が入れ違いで家に遊びに行き、お互いそのまま泊まって帰るのも何ら可笑しくはない関係だ。

故に、良い事をすれば誰かの母親から撫でてもらったり、悪い事をすれば誰かの父親から拳骨もらったり、時に母父が逆になって褒めたり叱られたりしたものだ。
引き取られて雨音の家に居候をすることになった雪子も例に漏れず、雪子にとっては血縁関係が全くない3人の両親からその寵愛を受けて今日まで至っている。

観月と風月にこの話を初めてしたときは、大層驚いていたことだ。



たくさん慈しんでもらった思い出がある。


その似たような温かさがこの村にはあると、遍望寺に居つくようになってまだ1年半ではあるが、雨音以外の4人の幼馴染もそれを感じていた。
観月と風月も、義父と和尚の性格を見ている為、良い村で育ったのだと前にそう言っていた。



(……親の泣き顔って相当堪えるのよね)



良い思い出もあれば、悪い思い出もある。

捜し疲れた草太の父親と家族の顔を思い出せば、昔見た光景が頭を過ぎって重い息を吐きながら道を歩く。


田んぼを見ながら歩いていれば、前に別件でこの道を歩いていた時に、草太とその母親を見かけた場所が目に入った。
秋の稲刈りが行われていた時期で、金色の稲を抱えた母親の横に付いていく草太の姿だ。
一緒にお手伝いをしているのに、ちょっと甘えたい気持ちが出ているのか、稲の束を抱く母親の腕をチラチラ見ながら歩いていた。


秋風に揺れていた金色の稲穂は、今は夏風を受けて麦の緑黄色が育まれている。



「親孝行ができるのも、生きているうちよ」



(相手が生きていても、死んでいてもね)




記憶にいる草太に心でそっと付け加えるように呟いて、「観月たち、そろそろ話も終わるころかしら」と雨音が踵を返した時だった。



田んぼと麦畑の向かいに建てられた納屋。
共同の農作業具を仕舞ったり、休憩時にも使われるその建物の裏の影から雨音を見ている者がいた。


小さい子どものようだ。


とても熱心に見られている気配に、雨音は少し、体が疼いた。







子どもは、大きくクリクリとした目を更に見開かせた。
納屋から隠れて見ていた雨音が、瞬きの間に消えたのだ。


雨音が立っていた場所は、周りに田んぼと麦畑しかなく、建物は離れたこの納屋のみで身を一瞬で隠す場所などない。
村人が住む家々は目で捉えることはできるが、身を隠せるような距離ではなかった。

子どもは首を大きく動かして、消えた雨音の姿を探す。





「ばあっ」
「ぴゃあ!!」




真後ろから大きな声をかけられ、子どもは前に弾き飛ばされるように転んだ。
転んだまま首だけ後ろを見れば、今さっきまで離れた場所に立っていた雨音が両手を見せて後ろに立っている。



「びっくりした?」

雨音は、子どもを立たせてやると目線を合わせて屈み、子どもの衣に着いた土汚れを払ってやった。


「お姉ちゃんすごーい!!」


子どもは目の中にたくさんの星を輝かせ、瞬間移動してきた雨音に声を上げてはしゃぐ。


「すごいすごい!!お姉ちゃんどうやって後ろまできたの!?」
「んー、内緒」

内緒という言葉で更に興奮し、褒めちぎる子どもにクスッと笑う。

「そういえば、あなたはどこの子?」


見かけない子だと、雨音は思っていた。
年はまだ5歳もなっていないか、髪型も顔も声も中性過ぎて、性別の区別もちょっと分かり難い印象を受ける。


弥生卯月と雨音たちは彼方此方へと遠くに仕事に出向いたり、ちょっと出掛けたりしていた。
草太の母親が亡くなったということに気付かなかったのは、この為だったりする。

都の都市部から近いと言うのもあってか、親戚がいたり、都に店があってこっちの村に仕事として農作物を作りに来ている人がいる。
それが日替わりだったり年数が決まっていたりして、人の出入りが多い土地ではあるため、子どもが親に付いて来て知らない子がいるのはよくあることだった。

治安が良いのは、自環和尚と村長、村人たちのおかげだろう。





「草太兄ちゃん、帰ってくる?」




質問を質問で返され、少し「ん?」となったが、さっきまでの元気が隠れてしまったことのほうが、雨音には重要だった。



「草太と友達だったの」
「草太兄ちゃんいないと、みんな悲しい」


すっかりしょんぼりとしてしまった子どもの姿に、「大丈夫」と言って両手を手に取り包む。



「お姉ちゃんたちが探してくるから、草太が帰ってくるの祈ってて」
「本当?」
「本当」


そう笑って答えると、子どもも大きく笑って頷いた。



「雨音ー」



雨音を呼ぶ、観月と風月の声が聞こえてくる。


雨音は子どもから手を離し、納屋から姿を出して「ここよ」と場所を示した。



「お前、あんまり離れるなよ」
「何かわかった?」
「今のところは特に」



「話はどうだった?」と聞けば「村で大きく変わった異変は聞いた事がないから、草太の消えた母親の眠る楠の場所へ行く」という。


一番怪しいのはそこなので、行かない訳はない。






雨音は、振り返って子どもに声をかけようとした。






「どうした?」

目を見張る雨音に、観月と風月が一緒に覗き込む。


「元から存在していなかった」とでもいうような雰囲気だけを残して、子どもはいなくなっていた。


納屋の更に後ろへとまわるが子どもはない。

納屋を離れれば見渡す限りに辺りは麦畑で、子どもが家々が並ぶ村へと向かえば、村からやってきた観月と風月の後ろに姿を捉えられるはずだ。






畑に生える、緑黄色が風に揺れる。







「……私より上手じゃないの」









雨音は、まるで仕返しを食らった気持ちになった。











序章 第2片「実りまでに」












公開日2018年1月13日
改定日2018年1月18日


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