帰命頂礼世の中の 定め難きは無常なり







これはこの世のことならず



死出の山路の裾野なる



賽の河原の物語



聞くにつけても 哀れなり






この世に生まれし甲斐もなく



親に先立つ有り様は



諸事の哀れをとどめたり






二つや 三つや 四つ 五つ



十にも足らぬおさなごが



賽の河原に集まりて



苦患を受くるぞ悲しけれ



娑婆と違いておさなごの



雨露しのぐ住処さえ



なければ涙の絶え間なし













夕暮れ。


幼子が1本の大木の下で泣いている。

大木の根元には幼子の膝ぐらいの石が1つ置かれ、摘まれた野花が添えられていた。

野花を摘んだ時に汚した手で顔が土まみれになっているが、そんな事は気に留めず、幼子は溢れでてくる涙を拭いながら泣き続ける。




夕暮れ時の村の外。
傍に立つ者もいなければ、道を歩いている者もなく、ただ幼子の泣き声だけが響いている。







「誰のお墓かな」







突如聞こえた女の声に幼子の心臓が一瞬止まる。
そして、鼓動が動いたと同時に大きく尻餅をついて女を見上げた。





いつの間にそこにいたのだろうか。




女はずっとそこにいたとでも言うように、幼子の傍に立っていた。
手には沢山の鈴が1つに纏まった物を握っている。
柄に結ばれている五色の帯紐は地面に着くほど長く垂れていた。

突然現れた女に、幼子は涙も嗚咽も引っ込んでしまい、目を大きくさせて女を見る。

自分の中で脈打つ音が耳元で鳴っているかのようだ。



「誰のお墓?」




そんな幼子には気に留めず、簡素な墓を見ながら女は同じ問いを、視線は墓から逸らさず幼子に求める。




「・・・かか様の」



村で見たことがない女に警戒はしているものの、寂しさからか、幼子はたっぷり間を空けて答えた。



「そう、かか様は死んだの」
「うん・・・死んじゃった・・・ぼ、僕を置いて、遠いところに・・・いっぢゃっだ・・・」



幼子は言い終わると同時にまた泣き出す。


さっきよりも酷く、苦しく泣く幼子に、女は見向きもしない。



「かか様がいなくて、寂しい?」

「寂しい・・・」

「かか様の声が聞きたい?」

「聞きたい・・・!!」




風で鈴がチリチリと幼子の心と同調するように大きく、更に大きく鳴って虚しさを孕む。




五色の帯紐が棚引く中、母恋しいと声をあげる幼子に、女は膝を折り、幼子の顔を覗き込んで言った。





「ねぇ・・・お子や、かか様に、逢いたくはなぁい?」





その顔は、悪びれた様子もなく、美しく笑った。

















欠片結び
序章『地蔵和讃』











京の都の町外れ。



田園広がる土地を進み、山の麓を歩けば石の階段が山へと続く。
階段の頂上を目で見れば気が遠くなりそうな長さはあれど、段の高さはそれ程高くはなく、歩きやすい作りになっていた。

階段を上り、門をくぐればひっそりと佇む寺がある。





寺院『遍望寺』





少し広めの土地を有するこの寺。
たまに村の子どもたちが本堂の前に遊びに来たり、参拝ついでに四季を楽しむご老人達が来たり、説法を聞きに又は相談事を聞いてもらいにやってくる人の相手と、地元民には愛されている静かな寺である。




そんな、普通の寺院である遍望寺。


最近、この寺が都の方で密かに噂になっている。





何でも「容姿が人間離れした双子の修験者が、妖怪を引き連れて『物の怪退治』をしている」と言う噂である。





「噂にしても、尾ひれ背びれ付きすぎだろ」
「まあ、他所者は目立つからね」




遍望寺の敷地内、その本堂や僧坊などを越えて後ろ側。
母屋から離れた別屋みたいに立っているこの住居。


その縁側に腰掛けている少年が2人。


箒の柄に両手を置き、そこに顎を乗せて1人の少年『観月』は呆れた声をあげた。
もう1人の少年『風月』が、困り顔で笑いながら隣で洗濯物を畳んでいる。




噂の双子とは彼らのことを指している。

背格好は彼らの年齢に相応しいぐらいの、普通の少年だ。





「『岩を砕いて火を纏わせて空から妖怪目掛けて潰し回った』、『氷の針山を作り出して妖怪を串刺しにして食した』、『竜巻を起こして大地を割り、妖怪どもを落として地を塞いだ』」
「ほぼ真実で程々に曲げられてるね」
「程々の度合いが物騒すぎだ」



2人はため息をつきながら首を振るう。



「『嵐を呼び、高波を作って妖怪共々全てを飲み込み場を一掃させた』とか」
「どこの海神・・・事実を知るものとしては凄かったけど」
「確かに凄かったけどな・・・」



観月は「けれども」と言葉を繋ぐ。



「肝心なのは、噂の中でそれをさせてるのが俺たちって事だ!!」



頭を抱えて苦悩に満ちた声を上げながら、縁側で今にものたうち回りそうな観月に「兄さん」と優しく言いながら風月は窘める。


「流れてくる噂はおっかないかもしれないけど、悪い意味で広まってる訳じゃないから」





風月の言う通り、この噂話は双子を忌み嫌うような噂ではない。

困ってる人の為に振るっている力は良い方に活躍していると、確かに口伝として広まっており、お世話になっているところが寺なだけに印象は悪くない。
しかも、少なくとも「4体の妖怪を使役している」と取れる。
まだ子どもである少年が、妖怪を一掃退治してしまう程の妖怪を使役していると言うのはすごい事なのだ。


噂の語弊はあるものの、そう噂されるだけの実力が2人にはあるという事だ。


実際、噂を聞き付けて助けや相談事を請う『モノ』たちがいる。






「あなた達、見てくれが人間にしては奇抜だもの」




凛とした、しかしまだあどけなさが残る女の声が双子に掛けられた。



「おかえり雨音」



『雨音』と呼ばれた少女は、双子と共に妖怪退治をしている子である。
年は双子と変わりない見た目で、長い黒髪を高い位置で二つ括りにし、腿丈の着物の裾からスラッと伸びる白い綺麗な足がとても眩しく見える。


「うっせぇ雨音!何も好きでこんな見た目じゃねぇ !」


雨音の言葉に観月は声を荒げると、風月がどうどうとまた収めに入るが雨音は涼しい顔で受け流す。
双子に向けて言った「見てくれは奇抜」との事だが、双子は確かに見た目がかなりこの国離れをしている。



名前の一字でもある月のように明るい金色と瞳の色が翡翠。

その奇妙な出で立ちのせいで、最初は訝しがられ怪しまれる事が多々あり、噂話の助長させていたように見えなくもない。


ちなみに、双子の見分け方として、襟足が少し長めで堅物そうな雰囲気があるのが兄・観月。
肩甲骨まで伸ばして高い位置に一つ結び、温和な雰囲気が漂ってるのが弟・風月だ。


「雨音、経過はどうだった?」
「重畳ね、もう心配する必要もないと思うけど」


風月は雨音に向き直ってそう聞くと、雨音は『報告書』と書かれた巻物を投げて寄越した。
半円を綺麗に描いた巻物を、観月は見事に掴むと封された紐を解きシュッと開く。
達筆な字で事細かに経過と結果をまとめられた報告書に双子は目を通す。


「1ヶ月後、もう1回見に行く予定は伝えてあるから」
「うん、お疲れ様」


風月は労いの言葉をかけ、観月は室内に入ると報告書の最後に判を押し、巻き直して雨音に投げ返した。


「経過観察の棚に入れとけよ」
「はいはい」


雨音は巻物を持って入ってきた襖を出て行く。

依頼が完了した物は報告書にまとめ、専用の蔵となっている部屋に保管してある。
日付や内容、相対した物の怪や対処など事細かに書かれた報告書は、いつか同じ事が起きた時の大切な資料として置いてあるのだ。




「思ったより早く片付いたな」
「早いことに越したことはなかったから良かったね」
「だな」



依頼主に早く安寧を戻せた事に安堵した時、双子の鼻が何かを察知した。



「なんかいい匂いするね、兄さん」
「そうだな」


「昼御飯ですよー」


雨音とは別の、柔らかく優しい女の声が縁側を繋ぐ居間へと入ってきた。
その声の持ち主は、丼鉢を両手に持って現れた。


「お帰り。雪子もお疲れ様」


長く真っ白な髪に薄紫の瞳、目元に柔らかい印象をもたせる少女は『雪子』と呼ばれ、労いの言葉を掛けられている為彼女も妖怪退治の一員である。


「それは?」
「羮物です」


満面の笑みと共に見せてきたのは丼蜂に入った羹だった。
双子の鼻が察知した匂いは、この丼鉢から湯気を上げている羮物の匂いだったらしい。



「此度の依頼主である屋敷のご主人がお礼にと、羮物の材料をくださいましたのでお台所お借りしてました」
「雨音と一緒に行ったのに姿がないから帰ったのかと・・・言ってくれたら手伝ったのに」



風月は手伝う為に立ち上がり、雪子の手から丼鉢を受け取る。
蔵から戻ってきた雨音がついでにもう2つの丼蜂を持ってきてくれたらしく、風月と共に並べ始めた。




「もう中食の時間だったか」
「いい時間でしょ」
「茶の準備もしなきゃな」
「じゃあこの洗濯物しまってくるよ」



棚にある湯呑みを取ろうと観月が腰を上げ、縁側にたたみ終わった洗濯物を風月が片付けようとして雪子も「お手伝いします」と半分持った時だった。



雨音がピクッと反応をすると、素早く縁側に移動し、木扉と障子を閉めた。

締め切った部屋は途端に暗くなる。



その時、外から甲高い声が響いてきた。




「「うひょーーーーーーーーー!!!!」」











空から真っ直ぐ。

重力の塊が女と男の愉快そうな声を乗せ、縁側の庭に着地したようだ。
轟音と風圧が木扉と障子を震わせ、衝撃は家を軽く揺らす。
机の上の丼蜂がカタカタと音を鳴らした。




「観月ー!風月ー!」
「報告書持ってきたぞー!」




木扉と障子が素早く開く。




「テメェらはいつもいつも!!落ち着いてやって来れんのかっ!!」




一拍置かず、怒号と共に観月が飛び出し、女の額と男の顔面に片足ずつ、観月の蹴りが見事に入る。

2人はそのまま後ろに吹っ飛んで行った。




風月と雪子は苦笑を浮かべながら、洗濯物を仕舞いに早々と部屋を去り、雨音は「相変わらずの足癖の悪さ」と言いながら、1人お行儀良く座って羹物を啜っている。


「観月ひっどぉい!!」
「やっべぇ顔面めり込んで治んねぇ」


土埃舞う中、頬を膨らませプリプリと効果音が付きそうな声で女が走って出てきた。
男は顔面に赤く付いた足跡を撫でながら一緒に出てくる。



「おデコ擦りむいたよー!?」
「自業自得だ!!」
「お嫁に行けなくなったらどうするのー!」
「大丈夫!!顔に傷一つ付いたぐらいで俺は鈴姉ちゃんを嫌いになんてなんない!!」
「火也ー!!」
「目の前で色気付くなこの馬鹿共ッッ!!」
「あっ!羹物だぁー!!」
「あげないわよ」
「話を聞けぇぇぇ!!」
「そんなに怒ってたら禿げるぞ観月ぃ」
「誰のせいだ誰のぉぉ!!?」



「忙しないなぁ」と風月が洗濯物を仕舞って帰って来れば、『風鈴』と呼ばれた女は羹物を啜る雨音に足蹴にされており、『火也』と呼ばれた男は観月に両頬を思いっきり引っ張られて痛い痛いと叫んでいる。



「風月風月!この羹物食べていい!?」
「それは風月と雪子の」
「じゃーこっちはー?」
「それは良いわよ」
「俺 の だ !!!!」




自分の羹物を贄にされそうになっているのを、縁側から戻ってきて息切れをしながらなお怒鳴る。
火也は首根っこを掴まれて引き摺られていた。


「鈴と火也の分も今用意してますよ」
「わーい!!」
「あ、雪子俺やるわー」


引き摺られていた火也がパッと顔を上げてそう言うと、懐から巻物を取り出して観月に渡して雪子の声がした台所へと姿を消す。


「・・・経過報告」
「鼠駆除無事解決したであります!!」



ビシッと額に右手をあて意気揚々と敬礼をする風鈴に、中身を早々と見た観月は巻物を結び直すと「完了箱に入れとけ」と言って風鈴に返す。
「任務完了ぉぉぉぉ!!!!」と床が抜けるのではと思う程の意気揚々さで蔵へと走って行く風鈴に向かって「走るなぁぁぁぁ!!!!」と観月の怒りが木霊した。




「そんなに叫んでて疲れないわけ?」
「疲れない配慮をお願いしたいんですけどねぇ!?」
「まあまあ」


「風月も大変ね」と他人事のように言う雨音に突っかかろうとする観月を制止ながら、風月は乾いた声で笑った。







「いやいや、賑やかで良いですねぇ」







優しい口調、しかし凛として耳に通る声に3人は襖へと顔を向けた。

袈裟を掛けた男性が襖から顔を出している。
よく見れば腰回りに風鈴が張り付いており、猫をあやすように撫でられて「おしょー」と呼んでいた。




「自環和尚!」
「昼餉の時間でしたか、改めましょうかね?」
「いえ!円座で申し訳ないですがご用意しますのでどうぞお座りください!」



風月が藁で編んだ座布団を用意している間に雨音が「和尚、食べる?」と観月の羹を自環と呼ばれた和尚に勧めるのを、「お前はもうちょっと口の利き方をだな」と観月が注意しようとしたところで和尚は和かに笑ってそれを止めた。


「それはお前たちへと頂いたものなんだから、有り難く頂きなさい」


和尚は雨音に「ゆっくりお食べ」と声を掛け、双子にも早く座るようにと促すと双子も用意された羹物の前へと着席した。


「和尚様、お茶でよろしかったですか?」


台所にまで聞こえていたのであろう、火也と雪子が残りの羹物と一緒にお茶を手に戻ってくる。
和尚は「有り難く」と雪子の手から湯呑みを受け取ると、優しい顔つきで冷めないうちにお食べと言うような仏の顔で見てくる為、全員手を合わせて箸を持った。



「食べながらで結構ですので・・・此度もお疲れ様でした、寺の方にも使者が来てお礼の手紙が届いてましたよ」



和尚は懐から手紙を取り出すと、我が子の活躍を喜ぶ親の様に皆を褒めた。


「皆の活躍をお聞きする度に誇らしい気持ちになりますよ」
「いやいやそんな・・・」
「大それたことでは・・・」


最近は感謝の言葉を贈られる事が増えたが、同時にこの歳になって年上の人に「大したものだ」と褒められる事がこそばゆいのか、観月と風月があたふたと受け応えをする後ろで火也と風鈴は「褒められたぁー」と小さな子どものように、嬉しい嬉しいと喜んでいる。

雪子も横でニコニコ笑って羹物を口にしていた。


「当たり前のことをしてるだけ」


箸を止めずにズルズルと羹物を啜る雨音はサラッと流しているが、満更でもないと言ったような声で答えた。


「私からあなた達に物の怪退治を進めたものの、無理をしないか心配していましたが・・・日々成長してくれて嬉しい限りです」
「絶好調だよおしょー!」
「あんたのは成長してるんじゃなくて持て余してるのよ」
「でへへ」
「褒めてないわよ」

先に食べていた為完食していた雨音が横で興奮気味な風鈴を諫める中、「これで安心して紫月と椿殿達に文を送れますね」と和尚が口にしたのを聞いて、双子は顔を顰めた。

「まーだ文送ってねーの?」

火也が丼蜂の汁を啜りながら聞くのを、風月が「うん、難しくて」と眉を下げて答えた。



双子が育ての山を下りて遍望寺に来てから既に1年半が経つ。

義両親が仕事で北へと赴き、義兄姉が山の家を留守番する中、「お前ら2人は俺の古い友達の寺にでも行って経験積んで来い」と言われて出てきたのが晩秋。
雨音と出会った春先から、雪子、風鈴、火也と出会って色々な出来事を経て『物の怪退治屋』が始まった。

少し前、義妹が土産をこさえて来た際、「兄さんが『噂は聞くけど文が来ない』と寂しがってたし、姉さんが『再教育が必要』って怒ってた」と言われて危機感を覚えたはずだったが。



「手紙なんて何書いたらいいかわかんねぇよ」


ぶっきらぼうに言う観月だが、苦虫を噛み潰したような顔をしているの見て思い浮かべているのは恐怖の対象である義母と義姉の事だろう。

義姉の事だ。
北の方へ行っている義父母への手紙には「双子から便りが来ない」と綴っているに違いない。
風月も似たような顔をして口に羹物を運んでいるのを見て「消化に悪そうな顔」と雨音が呟いた。


「一度筆を取ってみたんだけど、どうしても日記みたいになっちゃってね」
「手紙ってそういうもんじゃねーの?」
「お前は日記を他人に見せるのか?」
「いや、手紙でも書くのは日ごろの事だし・・・それに話の種なら尽きねえじゃん」
「私たちのこととかねー!」
「おー、巻物100巻あっても足りねぇぐらいな」


茶目っ気良く言う風鈴に向かって、観月は日ごろの事を思い出しているせいで顔が歪んでいる。


「何なら父さんと母さんの恋人時代の文でも参考にする?」
「「やめて差し上げて」」


えらく楽しそうに口角を上げている雨音に双子は「雨羅さんが不憫だ」と首を振った。
お茶汲みをする雪子も少々苦笑いをしている。



「したためる言葉が少なくても、2人が病気もなく健やかに過ごしている事が分かれば、ご家族は安心できるものですよ」



和尚は双子に優しい顔で助言をするように言うと、懐からもう1通の手紙を取り出した。





「何より、双方生きているからこそ出来るやりとりです」





少し悲しそうに手紙を見つめた後、机の上にスッとそれを置いた。






「次の依頼のお手紙です、お願いできますか」













河原に明け暮れ野宿して



西に向かいて 父恋し 



東を見ては 母恋し





恋し恋しと泣く声は





この世の声とは事変わり





悲しさ骨身を 通すなり









序章 第1片「一堂会す」






公開日2017年6月25日
訂正 2017年8月27日